秋田市議会議員第一期の人見高司です。議論や意見を述べるのは評論家の仕事ですが、実行するのが政治家の役目だと考えております。是非皆様応援をお願いいたします。

「私は知っている」

人見高司氏を推薦します。私は中学校で担任したから知っています。
思うことを真っ直ぐに主張する強さと、困っている人をよく面倒見る温かさがみんなに慕われ信頼されていたことを。

卒業後もつき合ってきたから知っています。
その気になれば博士、大臣にもなれたのに、幸せな世の中をつくる仕事を東京でなく秋田で始めようとして帰ってきたことを。

大勢の仲間がいることをも知っています。
年齢も職種も立場も異なる同志たちが、熱い思いとすぐれた知恵を持ち寄って助け合ってよい仕事をしてきたことを。

いま市政を志したわけも知っています。
住みよい住居を設計する仕事で回って、ふるさとの不況も衰退も見てきたからです。
市民の悩みも願いも聞いてきたからです。

秋田の未来をしぼませてなるものかと、広く志を共にする人たちの助けも借りて、若者も子供も老人も夢を持てる生き甲斐ある町の設計に立ち上がったのです。

私は知っています。
市民のために!と瞳を高くあげたからは、たとえ千万の悪魔を敵に回しても、必ず公約を守る覚悟でいるということを。
人見高司氏を推薦します。

一言でその人を言い表すなどということはとても不可能である。人はもっと多面、多重的であり、他者はもとより自分でも思わぬ一面に出くわし自己認識の修正を余儀なくされる場面もある。

人見高司くんがチャレンジするという。選挙であるからには多くの人に彼を理解してもらわなければいけない。そんなことは不可能にちがいないので、たいがいは方便になる。しかし、方便と一番縁遠い生き方をしてきたのが人見高司くんではないかと思う。彼をよく知る面々の間では、彼の決意はある種新鮮な衝撃をもたらした。そして次には熱烈に受け入れられたのである。

意外性と納得性。意外性とは、彼の清廉で一本気なところがお世辞にも信頼性が高いとは思われていない政治とそぐわないこと。納得性とは、だからこそこんな男が必要なのではないかという直感のもたらしたものだと思う。
人が人を言い表すのは難しいが、感じとることは出来るのである。

人見高司くんは確かに不器用で愛想を振りまける男ではない。しかし情熱と見識そして志の高さは誰にも負けないと思う。
こんな男がわれらのまちのために全力で取り組もうというのだから感謝をこめて応援せずにはいられない。

ページトップへ